三脚を過去の遺物にした?“浮遊するセンサー”が生んだオリンパス「5軸手ぶれ補正」という技術革命

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「息を止め、壁に体を押し付けて…」それでも写真はブレていた

美しい夜景、雰囲気のあるレストラン、ロウソクの灯りが揺れる誕生日パーティー…。写真として残したい、感動的な光景の多くは、光の少ない、薄暗い場所にあります。

しかし、そんなシーンで写真を撮ろうとすると、誰もが“ある壁”にぶつかります。それは、「手ぶれ」という、写真家にとって永遠の宿敵です。
シャッターボタンを押す、ほんの僅かな瞬間に生じるカメラの微細な揺れが、シャープであるべき写真を、台無しの“ブレブレ写真”に変えてしまうのです。

この呪縛から逃れる方法は、長らく「三脚を使う」こと以外にありませんでした。しかし、その常識を「カメラの内部構造」そのものを変えることで打ち破り、多くの写真家を三脚の束縛から解放したのが、オリンパス(現OMデジタルソリューションズ)が開発した「5軸対応 ボディ内手ぶれ補正機構」です。

今回は、センサーを“宙に浮かせて”ブレを打ち消すという、SF映画のような技術の秘密に迫ります。

ピックアップ記事の要約:異次元の補正効果で、撮影の常識を破壊

今回解説のベースとするのは、カメラ情報サイト「デジカメ Watch」に掲載された、オリンパスのミラーレス一眼『OM-D E-M5』に関する技術解説記事です。

この記事が世界に衝撃を与えたのは、このカメラに搭載された「世界初の5軸手ぶれ補正」が、従来の常識を遥かに超える補正効果を発揮した点です。

記事によれば、この技術は、これまで一般的だった2軸や3軸の補正では対応しきれなかった、回転方向のブレまで完璧に補正。これにより、三脚が必須とされた夜景や望遠撮影といったシーンでも、驚くほどブレのないシャープな写真を“手持ち”で撮影することが可能になったのです。それは、カメラの歴史における、一つの到達点でした。


第1章:私たちは、これほど複雑に揺れていた – 手ぶれの「5つの動き」

5軸補正の凄さを理解するために、まず私たちが無意識に行っている「手ぶれ」が、実は非常に複雑な動きの合成であったという事実を知る必要があります。

従来の補正技術が見逃していたブレ

従来の手ぶれ補正は、レンズ内で行う方式も、ボディ内で行う方式も、主に2つの動きに対応していました。

  1. ピッチ(Pitch): カメラが縦方向(お辞儀するように)に傾く動き。
  2. ヨー(Yaw): カメラが横方向(首を振るように)に傾く動き。

一般的な撮影では、この2つが手ぶれの主原因であるため、これだけでも一定の効果はありました。しかし、オリンパスの技術者たちは、特にスローシャッター時やマクロ撮影時に、これだけでは防ぎきれない、残りの“3つの揺れ”が存在することを発見したのです。

5軸補正が捉える、全ての揺れ

オリンパスが定義した、人が起こしうる全てのブレの動きが、以下の5つです。

  1. ピッチ(縦の角度ぶれ)
  2. ヨー(横の角度ぶれ)
  3. ロール(回転ぶれ): レンズの光軸を中心とした、回転方向のブレ。特に夜景撮影などでシャッターを長く開けている際に、じわじわと効いてくる厄介なブレ。
  4. Xシフト(水平方向の並進ぶれ): カメラが左右に平行移動するブレ。
  5. Yシフト(垂直方向の並進ぶれ): カメラが上下に平行移動するブレ。(シフトの2つは、被写体に大きく近づくマクロ撮影で特に顕著になります)

5軸手ぶれ補正とは、これら5種類すべての動きを、カメラ内部のセンサーがリアルタイムに検知し、打ち消す技術なのです。


第2章:磁力で浮き、声で動く – センサー駆動の驚異的メカニズム

では、どうやって5種類もの複雑な動きを、瞬時に打ち消しているのでしょうか。その心臓部には、オリンパスが長年培ってきた精密技術の結晶がありました。

センサーを「宙に浮かせる」技術

5軸手ぶれ補正の核心は、イメージセンサーユニット全体が、カメラボディからほぼ独立した状態で、宙に浮いている(フローティングされている)ことにあります。

このセンサーユニットは、非常に強力な電磁石と、ボイスコイルモーター(VCM)と呼ばれる駆動装置によって、上下左右、そして回転方向へと、極めて高速かつ精密に動かすことができます。ボイスコイルモーターとは、スピーカーが音を出すのと同じ原理で、電気信号を物理的な動きに変換するモーターのことで、応答速度と精度が非常に高いのが特徴です。

0.001秒以下の世界で、ブレを予測し、打ち消す

撮影中、カメラ内部に搭載された超高性能なジャイロセンサーが、ユーザーの微細な手の揺れを常に検知しています。

  1. ジャイロセンサーが「今、カメラが右に0.01度傾いた!」と検知。
  2. カメラの頭脳である画像処理エンジンが、その情報から瞬時に「センサーを左に0.01度動かせ!」と計算し、ボイスコイルモーターに指令を出す。
  3. 指令を受けたモーターが、磁力で浮いているセンサーユニットを、ブレとは真逆の方向に、寸分の狂いなく駆動させる。

この一連の動作が、人間の知覚を遥かに超える速度で、1秒間に何千回も繰り返されます。その結果、カメラを持っている手がどれだけ揺れても、センサーだけは常に空間に静止したかのような状態が保たれ、ブレのないシャープな像が結ばれるのです。


第3章:ボディ内補正だからこそ生まれた、無限の可能性

この画期的な技術は、単にブレを防ぐだけでなく、カメラの可能性そのものを大きく広げる、副次的な効果ももたらしました。

どんなレンズも「手ぶれ補正レンズ」に

最大の恩恵は、装着するレンズの種類を問わずに、強力な手ぶれ補正が機能する点です。
レンズ側で補正を行う「レンズ内手ぶれ補正」では、当然ながら補正機能を持った高価なレンズしか、その恩恵を受けられませんでした。

しかし、カメラ本体(ボディ)で補正を行うこの方式なら、数十年前のオールドレンズであろうと、最新の単焦点レンズであろうと、すべてが最新鋭の手ぶれ補正レンズとして蘇ります。これは、レンズ資産を大切にするユーザーにとって、計り知れない価値がありました。

センサーを動かす技術の応用:「ハイレゾショット」

さらにオリンパスは、この「センサーを精密に動かす技術」を応用し、センサーの画素数を超える超高解像度の写真を生み出す「ハイレゾショット」という機能をも開発しました。

これは、三脚でカメラを固定した状態で、センサーを0.5ピクセル単位で精密に動かしながら8回撮影し、それらの画像を合成することで、圧倒的な解像感と、偽色のない忠実な色彩を持つ一枚の画像を生成する技術です。これもまた、センサーを自在に操れるボディ内手ぶれ補正機構があったからこそ、実現できたイノベーションでした。

まとめ:機械工学の粋が、写真表現を新たな次元へ

最後に、今回のニュースから見えてくるポイントをまとめましょう。

  • 手ぶれには、従来の補正では防ぎきれない「回転ぶれ」や「並進ぶれ」を含めた、5つの動きが存在した。
  • オリンパスの5軸手ぶれ補正は、イメージセンサーを磁力で浮かせ、ボイスコイルモーターで超高速駆動させることで、これら5つ全てのブレを打ち消す。
  • この「ボディ内手ぶれ補正」は、どんなレンズを装着しても強力な補正効果が得られるという、絶大なメリットを持つ。
  • さらに、センサーを精密に動かす技術は、画素数を超える解像度を生む「ハイレゾショット」のような、新たな撮影表現をも可能にした。

オリンパスの5軸手ぶれ補正は、電子的な画像処理ではなく、物理的なメカニズムの極致を追求することで、写真撮影における物理的な限界を突破しました。それは、写真家たちを三脚という重りから解放し、「撮りたい」と思ったその瞬間に、最高の画質で応えることを可能にした、真の技術革命だったのです。


参考記事

[1] オリンパス「OM-D E-M5」の5軸手ぶれ補正の秘密 – デジカメ Watch

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